先日みた夢のおはなし

以前、凄腕のフローリストから花束をいただいたことがあります。

束ね方も、処理も美しい

それから何年も経ったある日、その花を贈ってくれたフローリストが夢に現れました。

どうして今なのだろう──そう思い、しばらく考えていました。

 その花束は、とてもよく考えられたものでした。

ドイツで修業していた頃、同僚がよく言っていました。

「フローリストに贈る花束ほど難しいものはない。」

花束というのは、単に花を束ねる技術ではありません。

「相手は誰か。」
「何を伝えたいのか。」
「どんな時間を贈りたいのか。」

そこまで考え、一つの作品として組み立てられていきます。

私がその花束から受け取ったのは、技術だけではありませんでした。

その人がどんな手で花に触れてきたのか。
どんな時間を積み重ねてきたのか。
その人の思考でした。

私は自然や造形物に美しさを感じます。

けれど本当に惹かれるのは、美しさが生まれるまでの姿勢なのだと思います。

今年亡くなった恩師は、こう話していました。

「作る過程を知らずに、ただ模倣したものは美しくない。」

この言葉は、年を重ねるほど深く心に響きます。

作品が自分の好みと少し違っていても、その人の花への向き合い方に敬意を抱くことがあります。

このことを考えていて、ふと別の出来事も思い出しました。

食事会で「ピアノを弾ける」と話し、バッハを弾いてくれた友人がいました。

技術の巧拙ではありません。

けれど、なぜか私の心は落ち着きませんでした。

今思えば、演奏そのものではなく、その人の音楽への向き合い方に共感できなかったのだと思います。

夢に現れたフローリストには、

「この人とは花に対する誠実さを共有できる。」

そんな安心感を、私は感じていたのかもしれません。

自分が大切にしているものを、同じように大切にしている人。

そこには、人としての信頼が生まれます。

だから安心して心を開くことができる。

夢は、そのことを静かに教えてくれたような気がしています。

皆さまにも、そんな存在はいらっしゃいますか。

2002年より、ドイツに渡りフローリストの修行を始め、2005年にドイツ国家認定フローリストの資格を取得。2006年からは、世界でもフラワーデザインのレベルが高いオーストリアにて、世界的に有名なフローリストマイスターNicole von Boletzkyのアシスタントとして、数々のヨーロッパ最大級のフラワーエキシビジョンに参加。 詳しくはこちら
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